『和について』なぜ器が大事なの?

「器なんてそんなにいる?」
「使えればなんでもいいじゃない。」

今回も店主が長年疑問に感じ続けていることをテーマにしました。
長年考えつつも、なかなか答えらしきものにたどり着けなかった疑問。
器って、なんで必要で、なんで大事なの?
という、けっこう根本的な疑問です。

きっかけは、「器なんてそんなにいる?」とか、
「使えれば何でもいいんじゃない?」
という言葉を松屋町での実店舗時代に聞いたことがはじまりです。

そう言われて、はっきりコレ!という答えがすぐにできずに、どこか喉に引っかかるような感覚がしました。
気持ちの上では、
「もちろん、いるいる!器はたくさんあったほうがいい!」
「100円ショップじゃなくて、気分が上がるかわいいやつがほしい」
と、反論しつつも、今一つ説得力がない。。。だって、本当に器は使えればよくて、なくても死なないし。困らない。

でも落ち着いて、周りを見渡せば、
プラスチックの食器をメインに使ってます。っていう家庭の方が少なくない?
和食器の色形のバリエーションは海外では珍しいくらいじゃない?
とも思いました。
それがなぜかと言われると、「わからない・・・」という感じなので、再び喉に引っかかる感覚。

そんな感じでずっと考えていたら、今年いい本に出会いました。
『「うつわ」を食らう 日本人と食事の文化』という本です。
器を基本にし、日本の文化や民俗学まで幅広く書かれているので、器と食にまつわるいろいろな「素朴な疑問」を解決してくれています。この本はかなり内容が濃いので、器を販売している人や、食にまつわる和の文化に触れる人におすすめの本です。
(一番下に参考図書として紹介しています。)
この本を参考にしつつ、私の疑問の答えになりそうなところだけを独断と偏見で選んで、さらにこれまで調べてきたことなどを織り交ぜながら、簡単にまとめてみました。

n’ studio (エンスタジオ) 三宅直子さんの器
https://store.shopping.yahoo.co.jp/cayest/a1c7nstudi.html

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日本の食文化が育てる器文化

本を通して言えることは、
日本の食文化が器などの食卓の文化を育ててきた。ということです。
「器が大事だ。」と、感覚的に思えるくらいに、日本の食文化は一言に語れないほど豊かだ。とも、言えます。
それがほぼ答えでもありますが、ちょっとだけ掘り下げていきます。

食器の手ざわり口ざわり、が大事
お米が豊富にない時代は雑炊にして、お茶碗を口に付けてお箸で食べる動作もしていました。丼などはやっぱり碗のフチを口に付けてかきこんだりします。
お茶やお酒ももちろん、湯呑やお猪口も口に触れる口ざわりがあります。
手ざわりと口ざわりのある食器を日本人は昔から使用してきました。
そのために、プラスチックや金属ではなく、陶器や漆器、磁器の器が好まれています。

白磁の普及が進んだのは、明治後半以降で、歴史としてはまだわずか100年程度のことらしいので、食器を数多く使う、ことに関しては、割と最近のことのようです。

◆神と人をつなぐ箸、銘々器が大事
日本にはハレ(非日常)とケ(日常)があり、その食事内容や使う食器にも区別がみられます。
「源氏物語」でもすでにその様子は描かれていました。
神事やハレの日にだされるお米やお酒があり、特に日本では、お米は神聖なもので、ワンと箸は特に神と人をつなぐものとして、銘々器(各々専用の器)を持つようになりました。「飯」への断ちがたい民族としての執着を象徴する事柄で、他の国にはあまりない珍しい文化であるそうです。
たしかに、販売している時、一番あれやこれやと要望が多くて、ある意味すべてのご要望に応えられない!と困惑したのが、「飯茶わん」でしたね。飯へのこだわり、スタイルの違いが今でもじわっと伝わります。

◆飽食の時代となるまで、特別が当たり前になる
現在では、ごく一般的な家庭でも使われる小鉢ですが、小鉢料理が登場してくるのが江戸中期です。
本来ハレの日にメインで使われていた小鉢。副菜自体がハレの日の料理だったのです。
それが、江戸や上方のお料理屋さんで、ケ(日常)の料理として小鉢が使われ始めました。
そして、幕末から明治になり、料理だけでなく、ハレの器までもケ(日常)に出回り始めます
(このあたりの器の話は個人的に好きなので、またいつか書きます・・・)
この頃から、日本の器文化の独自性がさらに発達する。と、私は感じています。
さすが「江戸時代」ですね!日本文化の面白さが、日常に花開いていきます。

ハレの器として作られた有田焼・瀬戸焼・美濃焼の磁器が日本を席巻していきます笑
(ここでは美濃焼を磁器として説明します。)
口ざわり/強度/美しい白、といった磁器の特徴は日本人を魅了し、日本全国津々浦々に広まっていきました。
「磁器の白々とした光が我々の台所風景を明るくした」と、柳田國男も言いました。

かつてハレの食器・小鉢は磁器の登場により、いよいよケ(日常)のものとなりました。

日本らしさ。ハレとケ。

「器なんてそんなにいる?」「使えれば何でもいいんじゃない?」
器は使うだけであれば、そんなに必要ではない。何でもいいです。
ただ、ハレとケという民族的な習慣・文化がある日本において、簡単に言うと、「もともとハレの文化だったことが日常になった」ということです。
歴史と文化の中で、そのように変化してきたものなのです。言わば、「日本らしさ」です。
日本の食文化の方からアプローチすればもっといろいろ見えてきそうですが、幕末明治にハレの器をケに取り入れた、料理人たちのおもてなしの心や創意工夫が磁器の登場で全国に浸透した。ようにも見えてきます。
「器をたくさん使う」なんて、手間のかかることは、おもてなしの表現方法とも言えます。

店主が思う最近の器との関わり方 

日本文化には茶の湯で”~好み”という言葉があったり、
平安時代には物合わせという遊びから美的感覚を磨いていたり、
日本には面白い独特な世界が広がっているーーー!と、本当に感心します。
プロの料理人だけでなく、家庭のお母さんやお父さんの家族におもてなししたい気持ちも、
器文化の発展に大きく貢献していると思います。今では、「飽食の時代」はさらに豊かな食文化を作っている途中にも思います。
その食文化を日本人としてはやはり、器でも表現したい。と思うことは、
日本にいるものにとっては無意識と言えるくらいケ(日常)のことなのではないでしょうか。

インスタグラムでさらに一般家庭津々浦々に浸透していくその食と器の表現。
日本だけの特徴。とは言いませんが、私たちは十分にその表現を楽しむ素地があるわ~~。
と、先人の皆様に感激せずにはいられない私です。


ならば、その感覚は引き継いでいかねば!
たとえ当たり前過ぎて、ときどきその根本を忘れ去られようとも、
食を楽しみ、表現できることを強みに思って、「器、いっぱいいるよ!」と
声高らかに言いたいです

2018年も暮れていきます。
大掃除の目処がたっている方は、「ハレの器」を楽しんでみてはいかがでしょうか?
2019年のテーブルを飾る「ハレの器」ってどんなものがいいのだろう?と、器を販売する店主も考えます。
「うつわ」というある種、原始的なアイテムだからこそ、心地よく、かつ面白く、とかいろいろ夢想して、来年はさいえオリジナル器を発表したいわ~と、わくわくしております。
年内は30日まで発送可能です。


みなさま、良いお年を!

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参考図書